サイエンスの発展にはコミュニティが欠かせない。
ニューロテックもその例外ではなく、世界およそ 100 カ国以上に渡り 18000 人以上が参加するコミュニティ”NeuroTechX”がその発展を促進している。NeurotechJP ではNeuroTechX SF チャプターのリーダーでもある Morgan にインタビューし、その最前線を聞いていた。
今回は NeuroTechX の創業者 Yannick Royと運営メンバーであるBryan Jenkinsに、コミュニティ設立の背景に加え、サイエンスコミュニティの発展や運営のメソッドに関してインタビューさせて頂いた。
NeuroTechX とは?
NeuroTechXは、2015 年に Yannick らによって創業されたニューロテック特化のコミュニティだ。”NeuroTechX”コミュニティは、世界100 カ国以上にわたり、Slack 上のメンバーは 7000 人以上、ローカルの都市でのメンバーも含めると18000 人以上にも及ぶ。
ニューロテックや BCI の必読学習コンテンツ 5 選でも紹介したが、NeuroTechX は ① コミュニティ、② エデュケーション、③ プロフェッショナルデベロップメントの 3 つを柱として活動している。
①コミュニティ
画像:チャプター一覧(Web サイトから抜粋)
コミュニティでは、大規模な slack コミュニティとは別に、世界およそ 30 都市に渡って各都市(チャプター)ごとにイベントやミートアップ、ハッカソンなどが開催される。各チャプターにはリーダーがおり、Boston のリードは Neurable の共同創業者でもあるAdam Molnarが担当をしていたりなど、世界の最前線に立つ人々がコミュニティを牽引している。
②エデュケーション
画像:NeurotechEDU コース一覧(Web サイトから抜粋)
エデュケーションでは、実装に特化しているNeurotechEDUがある。NeurotechEDU では、EEG に関連する実装に特化した教育コンテンツと神経科学の導入のコンテンツが提供されている。それ以外にもブログや、Webinar、書籍(”The Nuerotech Primer”)などが無料で公開されている。
③プロフェッショナルデベロップメント
画像:ジョブボード一覧(Web サイトから抜粋)
プロフェッショナルデベロップメントでは、ニューロテック企業に特化したジョブボードがある。そこには Neuralink や Neurable などニューロテックを代表する企業だけでなく、Apple や Meta などの企業も募集をかけている。
コミュニティ設立の背景
今回インタビューさせていただいた Yannick は、McGill 大学などで生体医工学、電気工学を学んだ後、Montreal 大学で精神物理学(神経科学も含む)の PhD を取得。研究生活と同時に、エンジニアとしても働き、NeuroTechX 含む複数のコミュニティ設立やプロジェクトローンチにも携わっていた。
エンジニアリングの傍らコミュニティ設立にもパッションを向けた Yannick であったが、「エンジニアリングを極めるよりも、同じパッションを持つ人々をつなげるのが好きだった」ことが今のコミュニティ運営につながるという。
(Yannick) 私のバックグラウンドは技術的な部分が大きいですが、同じ環境や方向を向く人々を連れてきて繋げるなど、よりリーダー的な立ち位置であることが好きでした。 エンジニアリングのバックグランドを持っていても、世界で一番のエンジニアや科学者になることは不可能だと思い、技術的や科学的な部分でベストなソリューションを自分が作り出す方向ではなく、人々をつなげる架け橋になることがこの領域で私が貢献できる方法だと思いました。ここから 20 年間はコミュニティ形成に力を注ぎ、できる限りこの市場を改善・盛り上げていこうと思っています。 ていこうと思っています。
Yannick は、ニューロテックのイベント等に参加していく中で、ローカルなコミュニティが不足していることに気づいた。その経験から、カナダの Montreal からコミュニティ作りを始め、それらの知見を生かして他の都市でのコミュニティ設立にも励んでいたという。
(Yannick) コミュニティを作った経緯として、私自身色々な人と繋がりたかったけど自分が参加できるようなコミュニティがなかったことがあります。例えば、Montreal では、ローカルのニューロテックコミュニティが無かったのですが、海外出張等を通してその状況は他の都市でも同様だとわかりました。 なのでまず初めに Montreal でコミュニティを初め、そこで得たリソースやコミュニティ運営におけるベストプラクティス、ナレッジなどを活用して、違う都市に広めていきました。
サイエンスコミュニティ形成・成長の苦労とは
NeuroTechX には、職種限らず国をも超えて、ニューロテック熱狂者が 10000 人以上集まる。ジョブボードには毎日数件以上の更新が行われ slack での情報交換も活発だ。ニューロテックという一つの技術分野において大きなサイエンスコミュニティを実現した NeuroTechX であるが、どのように発展してきたのだろうか。
Yannick 自身エンジニアだったということもあり、NeuroTechX は初めは技術寄りのコミュニティであったという。
(Yannick) 初めは我々は DIY ハッカーが集まる技術よりのコミュニティでしたが、提携等を通して徐々にビジネス寄りになっていきました。しかしながら、NeuroTechX のコアとしてハッカー DNA は維持していくつもりです。
しかし、段々組織が多くなるにつれて、メンバー間での興味や求めるもの・学習レベルの違いなどで、苦労があったという。
(Yannick) 徐々に成長するにつれ、技術サイドとビジネスサイドのメンバーの共存方法に苦労しました。異なる興味・目的・目標を持つ人々を一つの場所に持ってきたときに、 「何を話せば良いのか?」 「共通トピックはなんなのだろうか?」 "ニューロテック"で繋がっていてもそれぞれの向上心は異なります。 加えて、"初心者"のような学習レベルを設定するのも簡単ではありません。NeuroTechX には高校生もいれば BCI 領域の最前線に立つ研究者もいます。それぞれに価値を提供する場所をどのように作りあげるのか、そしてどのくらいそのマネジメントに我々は時間をかければ良いのだろうか、という部分が苦労した点です。
“ボトムアップ”の組織がコミュニティ繁栄を促進
NeuroTechX はただのコミュニティではない。教育コンテンツ・人材紹介など、ニューロテックに興味を持つ人々に多大なる影響を与えるサービスを多数同時進行で行い、各都市でもそれぞれの個性を持つ活動が行われる。
それゆえ、異なる目標を持つ人々をマネジメントすることは難しいようだのだろう。
その課題を解決すべく、どのように組織を運営しているのだろうか。
その答えは"ボトムアップの組織"であると Yannick は語る。
コミュニティメンバーに耳を傾け、彼らがやりたいことを進めていくことが重要なのだ。
(Yannick) 創業期から NeuroTechX は、エコシステムに足りないものを探し、ギャップを埋めていくボトムアップ式の組織です。もしトップダウン式であればこの大きなコミュニティではうまくいかないと思っています。 例えば、数年前、誰もニューロテックのイベントはやっていませんでしたが、ニューロテック関連のテーマを熱狂的に話したいという欲求から、最近では NeuroTechX を中心としたイベントは増えてきています。 NeuroTechX のマインドセットはコミュニティに耳を傾けることです。そして足りない点が見つかったときに、コミュニティとしてどのように一緒にその問題に取り組めるかを考えます。 なので、NeuroTechX には明確なゴールはなく、コミュニティが必要なことに今後も取り組んでいくつもりです。
ボトムアップ式であるからこそ、今後の発展は未知数である。
運営メンバー陣として、コミュニティ内での相互関係ならびにエンゲージメントを増やすことに今後力を入れていくと Bryan はいう。
(Bryan) ここ数年は我々はコミュニティ内の交流を増やしエンゲージメントを高めることに注力していくつもりです。加えて、他のコミュニティと連携し相互的に価値を生み出していく予定です。 例として最近トランステックのコミュニティと手を組みました。今後は雇用機会やスキルアップの機会を共有する合弁企業を作り出す予定です。 そして最終的に NeuroTechX は、"Student club"やコンペなどインパクトの大きい取り組みをサポートする場所となっていきたいと思っています。なので、私たちは業界が今後必要とするものに焦点を当てると同時に、コミュニティ内の人々がサポートされ、スキルアップに必要な機会を得られるようにしたいと考えています。
画像: Student Clubでは多数の企業が協賛するコンペなどが開催される (Web サイトから抜粋)
世界 100 カ国以上に渡る NeuroTechX。創業者が語る注目すべき国・地域とは
NeuroTechX には世界 100 カ国以上のメンバーが参加し、この領域において一番巨大なグローバルのコミュニティであるといっても過言ではない。
2015 年の創設時から数年間に渡り各国のニューロテック事情を見てきた NeuroTechX 運営陣であるが、最近は、先頭を走るアメリカやヨーロッパ以外の国でもその発展を見逃せないという。
(Yannick) 一番はアメリカやヨーロッパですが、その他にも興味深い発展を遂げる地域はいくつかあります。その一つとして Synchron 社などがあるオーストラリアがあります。彼らは研究やサイエンスだけでなく、商業化やプロトタイピングなどでも発展しています。
(Bryan) 日本を含むアジア領域も注目度が高いです。NeuroTechX の中でも特にインドのコミュニティは熱量があります。多くのイベントが行われ、いくつかそのコミュニティからスピンアウトした企業も出てきています。
“コミュニティ”で業界を発展。俯瞰的視点から見るニューロテックの未来とは
NeurotechJP では、Neurosity の CTO AlexやNeurosky の CEO Stanleyなど、スタートアップとして最前線で挑戦をする方々に、ニューロテックの未来を聞いてきた。
“スタートアップ”という手段を用いて“モノを作る”彼らとは違って、Yannick は”コミュニティ”という手段を用いて”業界をサポート・発展させる”側としてニューロテック業界を牽引してきた。
業界に対して俯瞰した視点をもつ Yannick は、ニューロテックの未来をどう考えているのだろうか。
1 つ目としてIn-Ear 型の EEG、2 つ目としてそれらの技術を複数のモダリティと組み合わせることに可能性を感じているという。
多くのデバイスが市場にありますが、どれもメインストリームではありません。瞑想や教育ツールとしてニーズはあるものの、今現在ニューロテック領域でキラーアプリケーションは出現していないと思っています。 私が今後イノベーションとして注目しているのは 2 つあります。
1 つ目は、In-Ear 型の EEG です。その見た目から誰も被りたくないという課題があった EEG デバイスですが、ヘッドフォンなどにセンサーを挿入できれば可能性が広がります。
2 つ目は、複数のモダリティと組み合わせることです。例えば、VR とニューロテックを組み合わせたソリューションを提供する MindMaze は、最近大型資金調達をした注目のある会社です。 今現時点での EEG などの技術には限界があります。今後は、EEG といった技術そのものを改善するよりも複数のモダリティと組み合わせることが重要だと思います。
さいごに
今回は、ニューロテック領域において巨大なサイエンスコミュニティを作り上げる NeuroTechX の創業者 Yannick らにインタビューをさせて頂いた。
ニューロテックとは別の技術として、ここ数年”Web3”や”メタバース”が注目を浴びている。新しいユースケースとして分散型自律組織“DAO”があり、オープンサイエンスの文脈で”De-Sci”と呼ばれる領域の注目度も増している
NeuroTechX が実現するサイエンスコミュニティの設立・形成・成長戦略は、これらの新しい組織形態が一般的になろうとも変わらず重要な要素だろう。