脳を可視化するという技術は 100 年以上も前から研究が行われている。近年その需要と技術力が高まった影響もあり、脳とコンピュータをつなげる BCI(Brain-Computer Interface)は基礎研究から医療の応用へ、そして誰もが日常で使える形へと変化を遂げてきた。
以前インタビューをさせて頂いた瞑想バンド Neuphony やCPU 搭載型デバイス Neurosity はまさに日常でのユースケースを対象としており、その他にも、NextmindやNeurableのような BCI を提供する多くの企業が、高い機能性に加え着用性・持ち運びさを兼ね備えるデバイスを目指している。
その中でも特に小型で、1 日中装着できるほどの着用性を持った BCI を提供するのが、カナダのトロントをベースに活躍するスタートアップBlueberryだ。
今回は、Blueberry の創業者John D. Chibukに、その小型化と優れた着用性を支える技術や軌跡に加え、彼らが目指すビジョンをインタビューさせて頂いた。
Blueberry とは
Blueberry は、2019 年にカナダのトロントで創業され、CEO の John David Chibuk と CTO のDr.Steve Mann の二人を中心に活動する Pre-seed ステージのスタートアップである。
そのチームは並外れた技術力と起業家精神を持つ。今回インタビューさせて頂いた John は、感情・動きに特化した AI のスタートアップ kiwi.ai を CTO として創業し売却した経験に加え、ソフトウェアに限らずハードウェアの技術者として数社で働く経験を持つ。Dr.Steve は、MIT で電気工学などの Ph.D を取得後、ウェアラブル端末などのハードウェアを提供するスタートアップ Meta View, Inc を創業。調達額$30.4M のマインドフルネス BCI" Muse"のアドバイザリーを務める傍ら、Stanford 大学などで電気工学の教授としても活動する。
彼らに加え、University of Alberta で認知脳科学の研究を行うDr.Kyle Mathewson など、専門的な知識を持ったメンバーによって構成されている。
fNIRS の技術を用いて、小型化・長時間モニタリングに成功
画像: Blueberry プロダクト
Blueberry は、EEG という脳の電気信号を読み取るメジャーな技術ではなく、fNIRSという近赤外光を使った技術で脳の状態を読み取る。
近赤外光を頭に照らすと、血液成分のヘモグロビンによって近赤外光が吸収されるが、ヘモグロビンに酸素がついていると近赤外光の吸収の度合いが変化する。fNIRS は反射する近赤外線光の度合いを測定することで脳の活動状態を間接的に捉えることができる技術である。
研究目的から日常で使えるような形へとフォームチェンジに成功した企業の例として、Blueberry も含まれる。fNIRS を用いたデバイスは、これまで高価でヘルメット型の研究者用のものばかりだったという。
これまでの fNIRS 技術の大半は、研究用として使われてきました。 そのため、綺麗なデータをリアルタイムで得ることができる、研究用の機器も数多くありますが、それらは 1,000 ドルを超える値段であり、頭を覆うヘッドセットのような形をしていました。
fNIRS の技術を用いることによって、EEG よりも小型で持ち運び性に長け、かつ長時間のモニタリングが可能になると John は言う。
Blueberry は、人の心が 1 日の中でどのように変化するのかを理解することから始まりました。 人の心や精神活動を表す信号を捉えるためには、センサーが十分に小さく、様々な環境で動作する必要があります。 fNIRS は、一日中身につけていられるセンサーとして、このようなユースケースに最適でした。 EEG は即時反応に基づく測定に適している一方、fNIRS は脳活動の長時間の変化を測定することができました。
Blueberry デバイスと EEG デバイスとの主な違いは、モジュラー式で小型のフォーマットで装着できることです。 大型のヘッドバンドや耳掛け式のヘッドフォンに埋め込む必要はなく、メガネやヘッドフォンに取り付けることができます。 また、デバイスを外してポケットに入れることもできますが、これは他の脳波デバイスではできないことです。なので、このサイズと携帯性が Blueberry デバイスの最大の利点です。
また、fNIRS を用いたデバイスは EEG を用いたデバイスよりも比較的安価に作ることができ、Blueberry が提供するデバイスはたったの$195 で購入することができる。fNIRS を用いたデバイスは今後もっと安くなっていくと John は言う。
fNIRS によって側頭葉から言語処理に紐づく脳活動を分析、精神状態を測定
画像: 今回の Zoom でのインタビューにて
Blueberry は小型な装置であるものの、機能性においても後れを取らない。
fNIRS の技術を使って、心拍数を測定するだけでなく、エネルギーやストレスなどのメンタルアクティビティも測定することができる。
Blueberry が測定対象とする側頭葉は、言語に関わる処理を司る。何かを読み書きするだけでなく、消防車の音でも側頭葉は活性化する。
しかし、普通のことを喋るなどの熟達した動作に関しては活性量は少なくなることが研究でわかっており、そのような活性量をベースにメンタルアクティビティを正確に測定できているという。
脳の活性度が低いということは、より熟練した動作をしていることを示します。 つまり、何かを話したりするのに、実際にはそれほど多くの活性化を必要としないのです。 ですから、活性度が低いということは、個人にとって非常にポジティブな指標となります。
画像: モバイルアプリ Blueberry
Blueberry は、測定したデータを手元で見ることができるモバイルアプリや web アプリも提供する。また、ユーザーは web API を使うことによって自分のデータにアクセスすることができたり、Apple の HealthKit にデータを送信することも可能だ。
100 回以上の試行錯誤を通して実現したプロダクト
画像: web サイトから抽出
Blueberry は約 2 年前に創業したものの、デバイスに加え、複数のアプリや開発者用キットをローンチし、現在進行形で勢いを増している。
その軌跡は一体どんなものだったのだろうか?
100 回以上もの試行錯誤を重ね、ようやく現在のプロダクトを実現することが出来たと John はいう。
そこには、見た目、正確性、ユーザーが求めるデータであるか、の 3 つの要素が特に苦労した点であるという。
人々が家の外でも使用したくなるようなものにするのに、見た目はとても重要ですが、それを実現するのがとても難しかったです。 また、快適さもとても重要です。 眼鏡をかけたり、頭に何かを乗せたりすることに慣れていない人が、1 日中デバイスを装着することに対して不快さを感じさせないようにする必要がありました。
リアルタイムの脳波フィードバックシステムを持つことは、それが 100%機能するならば、ユーザーにとって非常に有益です。 しかし、もしフィードバックが正確でなければ、彼らはシステムに疑問を持ち有益だとは感じません。 なので、そのフィードバックを完璧に調整することがとても重要でした。
測定値がユーザー個人に関連している必要があるということも重要でした。 つまり、その数値が自分自身をほぼ表していると感じられれば、大量の測定値よりもはるかに重要な指標になるのです。 ですから、自分自身が関連している測定基準や分析結果を提供しているかどうかを重視しています。
ユーザーがデータの管理者。必要とされるプライバシー保護技術
Blueberry では様々なアプリやツールから自分のデータにアクセスすることができるが、そのデータはユーザー個人によって管理され、ユーザー自身がデータを削除することや、データを保存しないことも可能だという。
基本原則は、デバイスを身につけている人がデータの所有者であるということです。 個人が自分の情報を完全にコントロールできるようにして、エクスポート、削除、アカウントの永久削除、バックアップサーバーへのデータ送信を確実に行えるようにすることは非常に重要です。
また、今後は、チャットアプリで使われるような暗号化技術を取り入れ、さらにセキュアなものにしていくべきだと John は語る。
このような情報は時間の経過とともに正確さを増していくので、情報の機密性は、より影響力のあるものになり、個人に応じて慎重に保護する必要があると思っています。 "Signal"のようなチャットアプリで行われているような、エンド・ツー・エンドの暗号化などを使って、データの管理に忠実になる必要があると思います。
よりシームレスで速いコミュニケーションへ。
日常的に装着できる BCI を実現する Blueberry であるが、一般的に BCI はどのように使われるべきなのだろうか?
神経学的な症状の理解が一番のユースケースになりうると John は答える。
今、私が市場で最も注目しているのは、神経学的な症状の理解です。 サポートを必要としている人をより適切に測定・評価し、支援することができるので、脳のデータの収集には大きな価値があります。 このような医療、自己評価のデータ収集は、おそらく最も重要な分野です。
医学的なユースケースに限らず、Neuralinkが行う脳でのボタン操作のように、非医学的なユースケースも多くあると語る。
デモ Neuralink: 念じるだけでカーソルを操作
脳とコンピュータを繋げることで、より速くて新しいユーザー体験が一個人に提供されつつあるが、その先には何があるのだろうか。
それらのユースケースが実現された先の未来では、
自分の感覚を他人に伝達することでよりシームレスで速いコミュニケーションが可能、つまり、脳と脳を直接繋げるテレパシーのようなことが可能になってくると John は語る。
BCI は、私たちの知覚状態により素早く反応することができます。そして、その情報を他の人に伝えることで、今までになかった速くて新しいコミュニケーションの様式が生まれるのです。 それが視覚的なものであれ、聴覚的なものであれ、あるいはまだ実現していないが可能性のある他の形態であっても、よりまとまりのあるシームレスな方法で、お互いの間で情報をやり取りできるようになることが BCI の未来であると、私たちは考えています。
さいごに
今回は、超小型サイズの BCI を提供する Bluberry の創業者 John D. Chibuk にインタビューをさせて頂いた。
fNIRS の技術を使って小型化や長時間モニタリングに成功した Blueberry のように、従来の方法を代替する技術が Neurotech という領域をさらに加速させるのかもしれない。