EN/
JP
NeurotechJP Header brain wave
NeurotechJP banner ニューロテックのキャリアのために何を学ぶべきか?
コラム
2022/3/8
ニューロテックのキャリアのために何を学ぶべきか?

 

2017 年のイーロン・マスクのニューラリンクの出現をきっかけに、ニューロテクノロジーの世界では研究開発が活発化している。Research and Marketsレポートによるとニューロテクノロジーの市場は 2018 年のおよそ 9700 億円から 2022 年には 1.5 兆円を超える規模に成長すると見込まれている。 このニューロテクノロジー市場のブームは、間違いなく若いエンジニアや科学者を刺激しフロンティアでの戦いに参加したいと思わせるだろう。

 

しかし、ニューロテックの分野が学際的かつ比較的若いのもあり、この分野でのキャリアに向けてどのように準備するのがベストなのかは見通しを立てづらい。 そこでこの記事では、ニューロテック企業 10 社の従業員の学歴を分析してニューロテック企業で働く人にどのような専門が最も多く見られるかを調べた。

 

今回利用したデータセット

ニューロテック企業で働く社員のデータを蓄積するために、LinkedIn の「People」タブで、場所、学校、役割、学歴、スキルに分かれて表示されるものを利用した。

LinkedIn figure 画像:LinkedIn People のページでは、このような形式で「何を専攻したのか」が表示される。この数字は社員が自己申告した LinkedIn のプロフィールをもとに作成されたものだ。

 

今回のレポートでは、侵襲的および非侵襲的なニューロテック企業で、LinkedIn に 20 人以上の従業員を持つ 10 社を選んだ。内訳は以下。

なお 10 社のうち 8 社については侵襲型 BCI スタートアップ5選および非侵襲型 BCI スタートアップ5選で紹介している。

 

コンピューターサイエンスとコンピュータエンジニアリングのように似た分野をまとめて「何を専攻したか」を以下のカテゴリーに分類した。上に挙げた 10 社の社員は、この 9 つのカテゴリーの学歴が最も多くなっている。

  • コンピュータサイエンス(コンピュータ工学など)
  • 電気工学
  • バイオエンジニアリング(医用工学など)
  • 神経科学、生物学
  • 機械工学(ロボティクスなど)
  • 物理学
  • ビジネス(経済、コミュニケーション、起業など)
  • 心理学
  • 数学
  • その他

Career table 画像: 各社の従業員を学歴別に分類した表。10 社の LinkedIn から取得したデータに基づく。

 

注意すべき点は、これらの学歴は自己申告でありすべての社員が LinkedIn にアクティブかつプロフィールを最新にしているわけではないため不完全である可能性があることだ。また企業には製品開発以外にも営業や人事などのビジネスサイドや様々な人材が必要であることも考慮する必要がある。

 

第一印象として、どのような経歴の方が多いのだろうか?

このデータを最初に見てみると、10 社には科学者やエンジニアの社員が多く、専攻はコンピューターサイエンスがトップで、電気工学、生物工学がそれに続いていることがわかる。

Neurotech Employees By Education 画像:ニューロテック社員の学歴別構成比。LinkedIn から取得したデータ。

 

エンジニアがかなり多いが、物理学や数学の出身者が多いのも興味深い。これらの学問はニューロテックとは直接関係ないが神経科学やほとんどの工学を含む他の多くの学問の基礎として機能している。

 

もうひとつ注目すべきは、神経科学や生物学のバックグラウンドが驚くほど少ないことだ。ニューロテックという言葉の半分は「ニューロ」で構成されているが、BCI を作る場合はエンジニアリングの分野で身につけたハードスキルの方がこれらの企業では評価されるのかもしれない。

 

非侵襲的か、侵襲的か。技術のニーズに応える

Neurotech Employees Non-invasive vs invasive companies 画像:ニューロテックの従業員の学歴別割合、非侵襲性技術と侵襲性技術の比較。非侵襲型企業(Kernel, OpenBCI, Neurable, NeuroSky, EMOTIV, Cognixion)の従業員数は合計 239 名。侵襲型企業(Neuralink、Synchron、Paradromics、BlackRock)は合計 321 名。データは LinkedIn より取得。

 

非侵襲型と侵襲型の技術を詳しく見てみると、2 種類のニューロテックの間で評価されるスキルが明らかに異なっていることがわかる。10 社のバックグラウンドはコンピュータサイエンスが圧倒的に多いが、非侵襲型 BCI を開発している企業は侵襲型 BCI を開発しているニューロテック企業に比べ、その比率が高い。

 

非侵襲型企業 6 社はいずれもコンピュータサイエンスのバックグラウンドを持つ従業員が 22.7%以上いるのに対し、侵襲型企業 4 社は Neuralink の 17.6%を筆頭に、Paradromics に至ってはわずかに 4%である。

Proportion of computer science backgrounds 画像:コンピュータサイエンス出身者の割合。青い棒は非侵襲の企業、オレンジの棒は侵襲な企業

 

仮説として、侵襲的ニューロテック企業は、BCI の研究、テスト、物理的な開発と比較して、臨床用 BCI を(少なくとも当初は)構築していることを考慮すると、ソフトウェア・インターフェースをそれほど重視する必要はないのかもしれない。

侵襲的な技術を用いる企業は生物工学、神経科学、生物学、機械工学のバックグラウンドの割合が高くなっている。これは、侵襲的な技術の性質上、神経解剖学や神経生物学などといった脳に関するより科学的な知識が必要であり、規制の少ない非侵襲的製品にはあまり関係のない生物医学や機械工学といった工学スキルが必要であることを示していると思われる。

もうひとつの重要なポイントは、電気工学を専門とする従業員の割合が、2 つのタイプの企業間で同等であることだ。これは、BCI には電気系エンジニアが必要であることを示しているのかもしれない。

 

深く掘り下げてみると、各社で異なる違いはあるだろうか?

各社の経歴を見ると、興味深いパターンがあり、企業文化が垣間見えてくる。NeuroSky 社の Stanley Yang 氏は以前の NeurotechJP のインタビューで、「Training the market」 という大きな戦略を語っていいる。NeuroSky は、早くから市場の育成に力を注いできたため、同社の従業員数に占めるビジネス出身者が 32 人中 8 人と、全 10 社の中で断トツに割合が高いのも納得がいく。

 

またSynchronは、生物工学のバックグラウンドが最も多いという興味深いケースだ。BCIAward2021 を受賞した Synchron の中核技術である Stentrodeは、血管内を移動して脳を記録・刺激する。このアプローチは脳組織に直接電極を埋め込む従来の侵襲的な技術と比べて非常にユニークで、生体医工学のスキルが評価されている理由かもしれない。

 

ニューロテックにとって最適な専攻は何なのか?

単純な答えはエンジニアリングの教育を受けることだ。 我々の調査では純粋に数字で見るとエンジニアの経歴が全従業員の半数以上を占めている。因果関係はないが、ニューロテック企業では、ハードウェアとソフトウェアの両方のインターフェースを構築するエンジニアが常に必要とされている。

重要なことは、教育、特に学位がスキルセットの決定要因になることはほとんどなく、自主プロジェクトや研究、インターンシップなど他の経験がコースワーク以外のスキルを伸ばすのに役立つと理解することだ。

 

ニューラリンクの哲学

Neuralink Software Engineering job listingを見ると、"cross-discipline team member"であることが強調されている。

・分野横断的なチームメンバーであること。 ・ソフトウェア、機械、電気、材料、生物学エンジニア、神経科学者などと一緒に働き、共に学ぶことに喜びを感じる方。 ・チームを超えたコミュニケーションに抵抗がない方。

ニューロテックは、まさにチームワークによって神経科学とテクノロジーの交差点でさまざまな視点が集まり初めて実現できる。

もうひとつ、Neuralink のリスティングで興味深いのは、各部門の下にある脚注だ。

神経科学の経験がなくても、必要なことはすべてお教えします。

チームはむしろ神経科学の経験に関係なく優秀なエンジニアを採用することが重要であり、彼らのアプリケーション開発に必要な神経科学は教えていけばいいと考えているようだ。

このようなアプローチから考えると、ニューロテックは脳に対する工学の応用に過ぎない。センサー、データ解析ソフト、美しいユーザーインターフェースはテクノロジー企業の代名詞だが、ニューロテックも細部に分けて考えていくとさほど変わらないかもしれない。

 

進むべき道を探すうえで何を考えるべきか?

ニューロテックの研究に興味はあるが、まだ専門分野や専攻を決めていない読者のために、進路の指針となるような質問を 2 つ紹介する。

まずニューロテックのどのような応用に個人的に興味があるのか、そしてニューロテックのどの部分に取り組みたいのか、自問自答してみてほしい。

もし、集中力や生産性を測定するための非侵襲的な BCI に最も興味があるなら、コンピュータサイエンスの学位は、ニューロサイエンスの学位よりも高い有用性を発揮するかもしれない。

逆に、動きや言葉の機能を回復させる BCI の開発にやりがいを感じるなら、生物工学や神経科学を学ぶ方が侵襲的な神経技術企業のニーズに合致するかもしれない。

ニューロテックは、ASIC(特定用途向け集積回路)、センサー、データ分析、機械学習、ユーザーインターフェース、研究、マーケティング、販売など、さまざまな分野にまたがる取り組みが必要だ。1 つの企業内でも、社員は製品の非常に特殊な課題に取り組んでいる可能性が高い。臨床試験を行いたいのか、ハードウェアを開発したいのか、コードを書きたいのかを考えることは、基本的なことだが、非常に重要なことだ。

 

まとめ

今回は、ニューロテック企業 10 社の社員の学歴を調べ、現在の傾向やパターンを整理した。

NeurotechJP のチームも、神経科学、工学、コミュニケーションなどといった、様々な分野のメンバーで構成されている。

※学歴はわかりやすくするために粗雑に分類しています。神経科学と生物学を一緒にしていますが、実際には神経科学の教育は神経生物学、神経解剖学、電気生理学をより深く学び、生物学の教育は遺伝学や分子生物学といった分野の講義をより多く含むでしょう。

※LinkedIn の数字は、あらゆる教育レベル(学士、修士、博士など)を反映しており、各個人の教育経験によって大きく異なるようです。電気工学のような単一の分野でも、組み込みシステムから持続可能な電力システムまで、さまざまなコースが集中しています。

ライター

Toma Itagaki

翻訳者

Shoka Kadoi