脳にはおよそ 860 億個のニューロンがあり、それらニューロンの活動が我々の生活を司っている。
脳のニューロンの活動とコンピュータとをつなげるインターフェイスをBCI(Brain Computer Interface)といい、脳の内部を調べたり、脳の機能の強化したりすることができる、まさにサイエンスフィクションのような技術である。
その BCI の良さを図る記録で 2018 年に世界記録をマークしたチームが、今回インタビューさせていただく UC SanDiego のSCCNという研究施設にて活躍する中西正樹(Masaki Nakanishi)さんの研究チームだ。
今回は、世界トップレベルの研究施設にて Assistant Project Scientist として活躍する中西さんに、自身の軌跡と、世界記録を更新した"SSVEP"という技術の可能性についてインタビューをさせていただいた。
より高い技術と環境を求め、UCSD ヘ
中西さんは、2010 年に東京農工大学の修士課程を終了後、慶應義塾大学理工学部の博士課程を終了。その後、UC SanDiego にポスドク(博士研究員)として渡米し、現在同大学にて Assistant Project Scientist として活躍する。
Neurotechnology という分野に、長きに渡り研究の熱を注ぐ中西さんであるが、この分野に興味を持ったきっかけをお伺いしたところ、
学部生時代、「究極なインターフェイスは何か」という授業の課題にて 「音声などではなく、脳から直接読み取ったら良い」 という発想をしたのが、この分野の着想点だったという。 そしてその数年後、大学院にて本格的に BCI の研究にのめりこんだという。
日本の環境を飛び出し、アメリカのトップレベルの研究環境に身を置くことを決意した中西さんであるが、大学院時代に掴み取った 4 ヶ月の UCSD へのインターンがそのきっかけだったという。
UCSD での 4 ヶ月を通して海外の環境に惹かれ、日本の大学院卒業後、より高い技術を求め UCSD でポスドクとして働くことを決意。 研究施設 SCCN では、SSVEP という技術を用いた BCI で世界記録をマークするなど、数多くの実績に貢献した。
世界記録を更新できた背景
BCI の良さを図る指標は情報伝達率(Information Transfer Rate)という数値であり、以下の 3 つの要素から構成される。
- 情報を伝達するのにかかる時間 [ できるだけ速く ]
- コマンド数 [ できるだけ多く ]
- 信号の識別精度 [ できるだけ正確に ]
この 3 つの要素を高めることで情報伝達率のハイスコアを狙えるのだが、
中西さんのチームでは、 SSVEP という技術を用い、そこで発生する課題を解決したことでコマンド数 を格段に増やし、情報伝達率を高めることに成功したという。 (SSVEP 以外にも、P300 などの方法がある。)
SSVEP(Steady-State Visual Evoked Potentials)とは、画面上で点滅する視覚刺激に誘発されて発生する脳波成分である。画面上で点滅する刺激の周波数と、誘発されて反応する脳波成分の周波数を見比べることで刺激を特定することができる。例えば、画面上に異なる周波数で点滅する A~Z の文字がある場合、脳波に現れる周波数をみることで、被験者が見ている文字を特定することができる。
SSVEP を利用して脳波だけで文字のタイピング
医療のみならず AR/VR で、応用される SSVEP
では、この技術はどのように私たちの生活に生かされるのか。
その可能性を中西さんにお伺いした。
まずは、既に応用されている分野として医療分野があるそうだ。 視野の欠損疑惑がある人がこの SSVEP を用いて脳波の検査を行うことで、目で物を見る働きのどの部分に問題があるかを検出することができるという。
SSVEP を用いて視覚検査 @Shree Ramkrishna Netralaya
実際に、多くの大きな病院施設では、既にこの SSVEP を用いた脳波検査が実施されている。
次に、今後応用が加速していく分野として、AR/VRがあるという。 コンピュータ上の画面に表示していた刺激を、AR グラスや VR の画面上に表示することで、AR/VR の入力の選択肢を広げることが可能になるという。 例えば、Google グラス上に複数のボタンが表示されている場合、「見る → 脳波を測定」という段階を踏んで、任意のボタンを選択することができる。スマート家電と Google グラスを連携することによって、エアコンを視線だけで自動でつけるなどの行為が可能になるそうだ。
イメージ: SSVEP を用いた BCI で Hololens を操作
SSVEP を用いれば凝視しているもののみを正確に検知することができるため、今まで AR グラス/VR に活用されていたアイトラッキングなどの技術と違って、 小さいターゲットでも反応できたり、実際の外の世界への視線とグラス上にあるデジタル世界への視線を区別したりすることもできる。
また、日常的に装着するには不自然さが発生する脳波計測デバイスであるが、AR/VR のヘッドマウントセットに脳波を計測できる電極を埋め込むことによって、実用性の面でも相性が良くなるという。
今後の Neurotechnology の動向
Neurotechnology をより我々の日常に落とし込むには、正確性・スリムさを追求したセンサーやデバイスの発展に加え、SSVEP では刺激の仕方を改善するなど、 ハードウェアとソフトウェア両方においてまだまだ進歩が必要だという。
また、脳波が脳のどの部位から由来するものかを推定する精度がさらに高くなった、新しい BCI の技術が今後鍵を握るのではないか、と中西さんは予測する。
最後に
今回は、UCSD で SSVEP という技術の研究を行う中西雅樹さんにインタビューをさせていただいた。
視覚という感覚的なものが脳波と組み合わさることによって、スマホや VR・IoT などの私たちのデジタル世界を革新的に変える日は近いのかもしれない。
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