Synchron 社とは
Synchron 社は、2012 年より低侵襲ブレイン・マシーン・インターフェース(BMI)の開発を行っているアメリカの企業である。脳の静脈の中に電極を配置し、脳活動によってコンピュータを操作する BMI を開発している。
この 10 年間で BMI 技術が大幅に進歩し、身体麻痺を患う人々がコンピューターや車椅子、バイオニックアームなどの支援技術を操作できることが実証されてきた。しかし一方で、脳に電極を埋め込むためには侵襲的な手術が必要なため、 米国 FDA の承認を得るのは非常に難しいのが現状である。
その状況を打破することが期待される企業の1つが Synchron 社である。Synchron 社が開発した低侵襲のブレイン・マシン・インターフェースは、皮質血管を利用して脳内にアクセスできるため、開頭手術に伴うリスクを軽減することができる。この脳内の血管にステント型のデバイスを埋め込む技術は、首の後ろの静脈からステントを使って挿入するため、脳に手術跡を残すことがないという。ステントを運動野の近くに配置した後、ステントを広げて 16 個の金属電極を血管壁に埋め込み、そこから神経活動を記録することができるのだ。
Synchron 社はこの技術を活かし、Elon Musk 氏率いる Neuralink 社よりも先に、米 FDA から臨床試験を許可された。さらに最近では、COMMAND 試験の患者登録が完了し、
永久植え込み型 BCI の安全性評価を開始する予定である。
Article -- FDA clears Synchron's brain-computer interface device for human trials
今回は、侵襲の BCI 業界を牽引する Synchron 社において、CCO として多くの社員を統率する Kurt Haggstrom 氏の BCI 開発にかける思いを伺った。
生物医学の世界に進んだきっかけ
Kurt 氏が生物医学に興味を持ったのは、大学時代にフットボールで負傷したことがきっかけだったという。その試合で彼は数多くの怪我を負ったために手術を行った。そして、怪我の治療中、彼は愛するスポーツをより早く再開するために、膝の装具を改善する方法を見つけたいと思ったという。こうした出来事がきっかけとなり、彼は大学院で生物医工学の学位の道へと進みたいと思うようになった。そしてそこでの研究を通して、人々の生活を変えるデバイスを発明するスキルを身につけた。
大学院卒業後も彼の医療機器への興味は留まることはなかった。様々なカンファレンスに参加し続け、2015 年には後に Synchron を創設することになる Tom Oxley 医師と運命の出会いを果たす。その後も Kurt 氏は Tom 医師の活躍に注目し続け、彼の技術が患者の生活を変える可能性に感銘を受けた。
学術界から産業界へ
アカデミア出身の人がインダストリーで働くのは素晴らしいことだと感じています。というのも、アカデミア出身の人とインダストリー出身の人では、それぞれ異なる疑問を持つことが多く、また異なる視点から問題にアプローチすることができるからです。例えば、ある問題に対して優れた解決策を提供することを最優先するか、それとももっと広範囲な問題に取り組むか、より深いレベルの科学に踏み込むか、等々、さまざまなアイデアが生まれてきます。一方で、インダストリーからアカデミアに移る人はあまり見かけませんね。
Synchron で働く理由
BCI 技術の研究開発を行う企業は数多くあるが、Kurt 氏が Synchron を選んだのには大きな理由があるという。
その理由の一つが、Synchron では患者と密接に関わることができるからだ。
Synchron のチームは、BCI デバイスを必要とする患者と密に関わりを持っています。そのおかげで、研究者はユーザーの生活をより深く理解することができます。そして、研究者は患者が苦労していることや患者の切実な思いを直接聞くことで、患者のニーズに最も適した製品を開発することができます。研究者たちはみな、新たなデバイスを開発することは、患者だけではなく、介護者にも自由を提供することができると考えています。
私たちには助ける必要のある患者がいます。私たちは毎週彼らと一緒に仕事をします。私たち研究者は「今まさに必要なこと」を知っているので、BCI デバイスを患者らに最も効率的かつ効果的に提供しようと努めています。
Synchron の新たな挑戦
Synchron は運動皮質に隣接する血管内にステントロードを設置している。この戦略的な配置により、開頭手術を必要とすることなく、運動機能が制限された患者から運動意図を読み取り、コンピューターのような外部機器を制御することができる。この巧妙な設計を利用し、Synchron のチームは何十年もの間、この BCI 領域で定番となっているデバイスに新たな用途をもたらそうとしている。
現在、オーストラリアと米国にまたがる 10 人の患者に BCI を埋め込んでいます。特にそのインプラントの寿命に Synchron は注目しています。
現在、Synchron のインプラントデバイスを埋め込んでいる患者の中で、使用期間が最長のものは 3 年以上であるという。彼らは、Synchron の開発したシステムが、患者の一生において、常に運動信号を読み取るのに十分な頑丈さを持っていることを期待している。
さらに Synchron は、デバイスの他の潜在的な応用性にも注目している。彼らは、てんかんやパーキンソン病などの疾患を持つ人々の中で、運動機能障害を診断するためにこのプラットフォームを使用できるだろうと期待している。
BCI 開発において重要なこと
BCI システムの開発には継続的な学習要素が必要であると考えています。というのも脳は今日はこのようになっていても、明日も同じようになるというわけではありません。神経パターンなどは常に変化します。環境の変化や、疾患が変化することで、BCI システムの処理方法も変わる可能性があります。ですので、脳の変化に応じてアルゴリズムやコーディングも柔軟に変化し、異なる環境要因や異なる患者に適応できる必要があります。そのため、どのような BCI を考えるときにも、使いやすいもの、毎日使えるものを作るということが真の挑戦ですね。
おわりに
今回は Synchron 社 CCO の Kurt Haggstrom 氏にお話を伺った。より実際的に人々の役に立つ製品開発を行いたいという Synchron 社の強い思いが伺えるインタビューであった。BCI 業界を牽引する Synchron 社の今後の動向に注目し続けたい。