Neurotech Analyticsでは、世界中のニューロテック企業から選りすぐりの 200 社をセレクトして調査されている。そんな Neurotech Analytics のレポートの中で唯一日本の企業で掲載されている企業がある。その企業こそ、今回インタビューさせていただいたMELTIN MMI社だ。
2013 年に創業し国内のサイボーグベンチャーとして世界に名を馳せたMELTIN 社だが、2022 年内に「手指用ロボットニューロリハビリテーション装置」を新たに市場に投入する予定だという。
今回は MELTIN の CEO である粕谷昌宏に人生での志を起点とした MELTIN 創業から現在に至るまでの苦労、そして目指している未来の宇宙探索までお話をお聞きした。
根源はこの宇宙のすべてを解明したいという欲求
粕谷さんは、1988 年、埼玉県生まれ。3 歳の頃から人類の限界を感じ、10 歳の頃にはすでに医療と工学の融合した分野に可能性を感じていたという。
物心ついた時に一番初めに、この世界はなんで存在するのか?なんで自分は存在するんだ?っていうかこの世界っていうのはなんなのか?という疑問がありました。 当時はインターネットがなかったので図鑑を調べたりすると、どうやらこの地球は宇宙というものの中にあるようだと。 そしてどうやら宇宙は無限大らしいと。無限大なものを理解なんてできるわけがないじゃないかと。 じゃあどうしたら良いのかとなった時に、宇宙を解明できるほど長く生きて、宇宙が解明できるほど高性能な脳のキャパシティを手に入れれば良いんだと考えました。
そして 14 歳の頃からサイボーグ技術の研究を開始する。
中学生の時点で神経に侵入するタイプの電極でやりたいと考えていましたが、色々と調べていく中で高校生の頃には侵襲性の高いものは特に技術的な面と倫理的な面でハードルが高いことがわかってきました。
その後、実用化を目指して早稲田大学理工学部へ進学する。大学院では先進理工学研究科で生命理工学を専攻。在学中からパワードスーツや義手、ロボット開発で数多くの賞を受賞する。
粕谷さんが医療と工学の融合分野に可能性を感じ、EMG に注目したのはなぜなのだろうか?
僕が本来的にやりたいのは脳なんですが、脳から入ってしまうとそもそもその電極ってちゃんとワークしているの?その電極で取られている生体信号がノイズなどでなく本当に情報が含まれているの?という議論から始まってしまう。 そうではなくEMG から入ることによって、信号はそれなりにちゃんと取れているという確率が高い上でピュアに解析アルゴリズムに集中できる。
一番初めから人間の能力拡張みたいなところに行くのは技術的なハードルもそうですし、倫理的な面でハードルが高い。 そういった意味でまずは脳波よりは安定して信号を取得できる EMG を利用してメディカルの方から入っていこうと考えるようになりました。
MELTIN の創業、MELTANT-α の衝撃
2011 年にはロボット分野で活躍した 35 歳未満の研究者に贈られる日本ロボット学会研究奨励賞を受賞。そして 2013 年にサイボーグ技術の実用化を目指すべく MELTIN 社を設立した。
大学院修了後は日本学術振興会特別研究員を経て 2016 年には電気通信大学大学院情報理工学研究科 知能機械工学でロボット工学と人工知能工学で博士号を取得。
そして、2018 年春にサイボーグ技術によるアバターロボットのコンセプトモデル「MELTANT-α」を発表し、世界的に大きな注目を集める。
「MELTANT-α」は MELTIN 社が開発した、アバターロボットのコンセプトモデルだ。 MELTANT-α の開発において苦労した点は一体どういったところなのか?
MELTANT などのアバターは人型のロボットなので、生体信号などの難易度の高い技術をあえて使わずとも、モーションキャプチャーやグローブなどを使って自分の動きをセンシングして制御できる。その方が産業用途としては参入しやすく、あえて難易度の高い生体信号を用いる必要がない。そのため、MELTANT は基本的に生体信号を使っていません。
ただ、3 本目の手のように自分の器官でコントロールできないようなものをコントロールする場合には、生体信号を使わざるを得なくなってきます。
生体信号技術の確立を目指したニューロリハビリテーション
2021 年 10 月に MELTIN 社の新プロダクトである「手指用ロボットニューロリハビリテーション装置」のプロトタイプが完成。現在、順天堂大学にて臨床研究を実施中であり 2022 年の実用化を目指しているという。
ニューロリハビリテーションとは、脳神経科学に基づいたリハビリテーションの手法として近年注目されている。脳卒中などなんらかの形で脳の運動に関わる部位が損傷し身体の麻痺症状や運動機能の低下を示す患者さんに対して、脳の可塑性を活かし運動意図に合わせた補助動作を行うことにより脳の運動機能回路の再構築を促すのが、ニューロリハビリテーションだ。類似する製品を研究開発する企業としては、myomo社、Tyromotion 社、connect社などがある。
今後この領域において技術的に一番のチャレンジはどういったところなのか?やはり解析はもちろんだが、それ以上に双方向のインターフェースが鍵になるという。
アウトプットしたものを拾うだけでは意味がなくて、それによってフィードバックを生体に返していってひとつのフィードバックループを作っていく必要があります。 今回の開発しているニューロリハビリテーション装置がまさにそれですけど、フィードバックを生体に返していかないと外部の機械が自分の中に取り込まれていかないので、これが一つの大きな技術的なハードルです。
タイムライン的には 2020 年台は① 生体信号をメディカルの事業領域で、② フィジカルな身体の方はアバター事業領域で二本柱をそれぞれ分離して作っていきます。 そして2030 年台からは生体信号とアバターを統合していき、2040 年からは法整備を整えつつ統合したものをコモディティ化していくのが描いているタイムラインです。
さらに 2040 年台にはニュースペースの宇宙産業にも参入していくイメージを描いているという。そんな地球外スケールのビジョンを持っている粕谷さんだが、グローバルに事業を展開していく上での困難さにはどういうところがあるのだろうか?
グローバルにやろうとすると、例えば米国市場を見た時に米国は保険のペイヤーごとに機器を営業したりマーケティングコストが必要になってくる。 それに対して日本国内は国民皆保険によりモデルがシンプルです。 そのことを踏まえ、国ごとの特性を見極めつつグローバルに参入していきたいと考えています。
ニューロテックのキラーユースケース、サイボーグ技術はインフラ
ニューロテックの先にあるサイボーグ技術が実現した際、粕谷さん個人が使いたいと考えるユースケースはなんなのか?お聞きしたところ、粕谷さんらしい答えが返ってきた。
僕個人で考えると一番はやっぱり宇宙探検ですね。 通信速度や光の高速は超えようがないので、例えば自分の意識を分散してコピーしてアバターに乗せて星間に飛ばしてから、どこかに集めて同期させる。 そうすることで、宇宙を解明できるのではないかというイメージがあります。
ただ文明的にどうなのか、人間社会的にどうなのかでいう意味でいうと、サイボーグ技術は基本的にはインフラだと思っているのでキラーアプリのようなものがあるわけじゃないと思うんですよね。 例えばインターネットのキラーアプリってなんですか?と聞かれた時に、ありとあらゆるところに入りすぎてしまっていて答えられないですよね。 もはやキラーアプリもなにもない、すべてのインフラであると。 サイボーグ技術もそうだと僕は思っていて、インターネットはサイバー空間だけですが、サイボーグ技術はリアルを含めたありとあらゆるすべてのインフラになり得るものだと考えています。
また、今の VR によるサイバー空間の延長にある宇宙についても独自の視点で意見を述べてくれた。
VR 空間の中で文明を作ったら良いんじゃないかみたいな話もありますが、基本的には人間にとって既知な空間になるはずです。 もちろんランダム性や自動生成などのアルゴリズムを入れることで人間の未知なものは想像され得る可能性もありますが、そのアルゴリズムもあくまで人間が考えたものなので限界があるんじゃないかと考えています。 だから MELTIN はリアルも包含する物理的な身体の要素を残しています。
さいごに
今回は MELTIN 社の粕谷さんに事業を展開する上での根源的な問いから具体的な展開までお聞きした。2022 年中に医療機関向けへの販売まで医療機器としての認証を取得し、次の資金調達では保険適用を目指し有効性のある医療機器としての訴求を行っていくという。またアバターの商品開発と同時に、ニューロリハビリテーションの次のプロダクトも既に開発を始めているという。今後も日本のニューロテックをリードする会社として注目していきたい。
日本以外への市場への展開も視野に入れているため、この記事をみた海外の方もぜひこちらからコンタクトを取ってみてほしい。