ニューロテクノロジーを使ってスタートアップを興すには、脳の仕組みを理解する"脳科学"、機械学習を中心とする"ソフトウェアエンジニアリング"、ユーザビリティの高い"ハードウェアエンジニアリング"、この 3 つの要素を深く理解することが必要不可欠である。
以前、Neurotech の注目のスタートアップで紹介した勢いのあるスタートアップは、そのほとんどが大学の Dr 出身者や教授が創立したスピンオフ企業であり、上記 3 つの分野で優れた研究をしていた。
多方面において学習を必要とするニューロテクノロジーという技術であるが、その学習のハードルを下げようと、学生を中心として活発に動く若者が、今回インタビューさせていただいたHarrison Canningだ。
この記事では、学生である傍ら、ニューロテクノロジー領域において、研究グループを創立・牽引するリーダーであり、メディア会社を創立する起業家でもある Harrison の、背景やビジョン、予測するニューロテクノロジーの未来などについてインタビューをさせていただいた。
幼少期の事故をきっかけにニューロテクノロジーに興味を持つ
Harisson は、RIT(Rochester Institute of Technology)で Neurotechnology を専攻する学生をする傍ら、様々な活動を行う。
2018 年に創立したNeurotechnology Exploration Team (NXT)は、RIT を中心に計 90 人以上の研究者と学生で成り立つ研究グループだ。念じて動かす車椅子や、念じてカーソルを動かす装置など、electroencephalograph (EEG)やelectromyography (EMG)を用いた数多くのプロジェクトを行う。その功績は 2019 年ドバイで開かれたMaker Faireというコンテストで、Maker of Merit 賞を獲得するほどだ。
コロナパンデミック以降オンラインでの活動を余儀なくされた時に創立したのが、ニューロテクノロジーのメディア会社The BCI Guysである。The BCI Guys は、ニューロテクノロジーの基礎知識を動画や文章で分かりやすく提供している。そのコンテンツの数は 180 にも渡り、ローンチ数日で 1000 人以上の視聴者を獲得した。
いずれも、「より多くの人に対してニューロテクノロジーへ興味をもってもらいたい。彼らが参入するハードルを下げたい。」というのがモチベーションだと、Harrison は言う。
ニューロテクノロジーとビジネスを掛け合わせて活動する Harrison であるが、13 歳の時の事故がそのきっかけだったという。
「13 歳の時に事故で脳震盪を起こし、それから数年間喋ることや読み書きをすることが難しかった経験があります。 ある日、ロボットスーツのデザインについて、自分のように神経に障害を持つ人、例えば手足の動かない ALS の人に対して、それをどう動かすのがベストなのかを考えていました。 その時、手足が使えないのであれば念じただけで動くスーツが一番良いと発想したのが、ニューロテクノロジーに興味をもったきっかけでした。」
Harission は幼い頃からロボットエンジニアリングを学んでいた。しかし、事故の後遺症で数学が出来なくなり、エンジニアとしての道を途絶えざるをえなくなった彼は、
「エンジニアになれないのであれば、自分のビジョンを軸に、テクノロジーを開拓していくビジネスリーダーになる」
と決心し、それ以来ビジネスマインドを持ったと Harrison は語る。
その後、高校生時代、オンラインでビジネスやコンピュータサイエンスを学び、E コマースやデジタルマーケティングの会社を起業したという。
以後、大学に入って本格的にニューロテクノロジーに情熱を注いだ Harrison は、NXT や BCI Guys を創立する。
キラーユースケース
ニューロテクノロジーに没頭する Harrison であるが、その技術が我々の生活にどのように利用されるのか、そのキラーユースケースを現状と未来の 2 つに分けてお伺いした。
現状のキラーユースケースは、Neuromodulation だという。
Neuromodulation
Neuromodulationとは、特定の神経系を直接刺激して、その神経活動を変更させる技術である。これを行うことによって、パーキンソン病を改善できたり、聴覚や視覚の障害を改善できたりする。
この技術は、脳に埋め込むタイプの侵襲型(Invasive)デバイスだけでなく埋め込む必要のない非侵襲型(Non-Invasive)デバイスでも、絶大な効果を見込めるのが、キラーユースケースになりうる点であると Harrison は説明する。
また、未来のキラーユースケースは、思うがままにコンピュータを操れるところだという。
「例えば、Adobe Photoshop を始めて使う時、ボタンを 1 つクリックしたら 10 個以上の選択肢が出てきて、選択をするのに時間がかかってしまいます。しかし、もし BCI が脳波からユーザーが行いたい行動を予測できるのであれば、不要な選択肢を自動で消してくれることができます。そして、これらは非侵襲型デバイスでも可能になります。」
ニューロテクノロジーの定着には、タイミングと技術課題の解決が重要
まるでサイエンスフィクションのような技術である一方、その技術が健常者にも定着していくには、彼らがこの技術を使い始めるタイミングを見極めるのが必要だと Harrison は言う。
「人々は、この技術を受け入れることに積極的すぎて、それにまつわる懸念を考えないことがあります。Neuralinkが以前臨床実験を発表した際、多くの人が、病気でもないのに"脳で音楽を操りたい"などと興味本位で事前登録を望んでいました。私たちはもっと脳にデバイスを埋め込むことに慎重になった方が良いと思っています。」
Neuralink デバイス
この技術が数年後、数十年後、我々の生活に大きな変化をもたらす技術になるには、人々への適応に慎重になるだけでなく、技術的な課題を解決する必要もある。
現状の一番の大きな課題を尋ねたところ、どれだけノイズが少ないデータを取得し処理できるかが課題であると Harrison は答える。
「特に頭皮の活動を記録する EEG に関しては、どれだけノイズを少なくできるかがポイントです。そして、脳が何をしているかを脳波から読み取るためのアルゴリズムもトレーニングし続ける必要があります。」
と説明する。
ビジネスリーダーとしての今後
数多くの活動をする Harrison であるが、今後の動きを尋ねてみたところ、
「この分野に特化している人と議論できるくらいの知識を持った、ビジネスリーダーになりたいです。脳はユーザー体験の最終手段であると思っているので、特にユーザー体験に紐づく事業に興味をもっています。」
と Harrison は答える。
また、数多くのオンラインコンテンツを提供する BCI Guys については、
「まず一つ目に、今後は技術者向けにArduinoを使ったデモなど実際のコードを交えたコンテンツを提供していきます。 次に二つ目に、BCI を提供している企業などにスポンサーについてもらい、彼らのデバイスを使ったプロジェクト動画を提供していきます。」 と語る。
最後に
今回は、若くして活躍する Harrison Canning にインタビューをさせていただいた。
筆者自身、この領域を勉強するのに、The BCI Guys のコンテンツを大変参考にしたということもあり、是非この領域に興味を持った方には彼らのコンテンツを見るのをお勧めしたい。