人間の意識はどのような仕組みなのだろうか?
その仕組みを解き明かすには、一つ一つの行動に対して脳内の神経細胞(ニューロン)の動きや仕組みを完全に理解することが必要となる。
しかしながら、約 1000 億個もある人間のニューロンを明らかにするにはまだまだ未知の部分が多く、研究年月を要するのが現状だ。
そんな中で、人間の脳の仕組みを解き明かす一つのアプローチ方法として研究対象とされるのが、線虫だ。線虫は 1mm 以下の体長であり、302 個のニューロンしか持たない。よって人間の複雑な神経系を解き明かすモデル生物として使われる。
画像: 線虫
今回はUCSF(UC SanFrancisco) にて線虫の神経回路を使って、意識の仕組みを解き明かす研究を行う池田宗樹さんに、これまでの研究活動の軌跡から現在行っている研究、そしてこの分野における今後のブレイクスルーの可能性についてインタビューさせていただいた。
"自分自身の心を知りたい"。最先端を追い求める探究心の背景
かれこれ 10 年弱神経学の研究を行う池田さんであるが、"脳"や"意識"に興味を持ったきっかけとして、高校生の時から"自分自身の心の仕組み"を知りたいという思いがあったそうだ。
高校や大学のタイミングで要らないことで結構思い悩んだりした時期があって、それで多分自分自身の心について知りたくて、 心理学とか哲学などの授業をとったりして学んでいく中で、現代の潮流として心は脳が作り出してるっていうコンセンサスがあるので脳を勉強しよう、と思ったんですね。 仕事をしたり、いろんな分野の人に話を聞く中で、なんとなく心っていうものがぼんやりと浮かび上がっていくっていうタイプの知り方もあったんだろうと思いますが、 研究を始めていくと、理論や事実の整理の仕方など科学という分野でのアプローチが自分の中でしっくりきたっていうのがあって、研究の道に進もうと思いました。
池田さんは東京大学を学部卒業後、同大学で修士過程を修了。学部生の時から、最先端の研究を行う海外のラボと線虫を用いた研究に興味を持っていたという。
最先端はやっぱりアメリカだろうっていうイメージ、かつその本場の Ph.D.を受けたいっていう思いがあったのと、それと並行して、線虫をモデル動物としたラボに移りたいっていう思いがあって、 海外のラボ+線虫の神経科学研究のラボっていうこの二つのキーワードで探していました。
その後名古屋大学で博士課程に進むが、博士3年の時に経験した 1 ヶ月の海外研究インターンを終了後、同年に開かれた線虫の国際学会にて現在所属する UCSF のFOCO Lab ラボの PI(研究主宰者)に訪問し、同ラボに入ることが決まったという。
意識の神経回路を自分で作ることで、その仕組みを理解
意識の仕組みを知るには、作ることによって理解するのが一番良い方法だと池田さんは語る。
例えば人工知能って一般的に言ったら、何か課題が外界にあって、その課題を解決するための人工的に作った知能なるものっていうことだと思うんですけど、 僕が心を知るために AI について考えているのは、今存在する知能、あるいは自分の知能だったり心を理解するために、作る人工物っていう捉え方。 具体的に作るっていうのは、現実にある脳と限りなく近い神経回路のモデルを作るってことに相当すると思うんですけど、それを行うことによって理解する、 あるいは現実に即したそのモデルを調整してみたり、あるいはその仮想的な実験を大規模に行うことによって、徐々に心を理解していきたい、という思いがあります。
人間は 1000 億個ものニューロンが複雑に絡み合っている一方、線虫は 302 個のニューロンしか持たず、そのニューロン同士の繋がりやシナプスの位置も同定されていることがわかっているそうだ。
池田さんが博士課程の時に行った研究では、線虫が特定の温度に向かっていくという行動に着目して、同定されているニューロン同士の繋がりの中から、その行動に必要なニューロン集団を同定していったという。
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では同定したニューロン集団内でどのような処理がされて、特定の温度に向かうという行動が行われているのだろうか?
池田さんが最近行った研究では、線虫の神経回路をモデル化して線虫がとる行動と紐づくニューロン同士の繋がりの強さのパラメータを機械学習を使って探索することによって、ニューロン集団内の処理を説明することに成功した。
どういう温度のインプットがあるかというデータ、どういうアウトプットをするかというデータ、構造的にニューロン同士がどう繋がってるかというデータもある中で、今の欠けてるデータって、ニューロン間のウェイト、つまりコネクションの強さがどのくらいになっているかというところです。 そのウェイトがどういう組み合わせになっていれば、実際の線虫の行動をよりよく再現するかということを知りたくて、 マシンラーニング、ここでは遺伝的アルゴリズムを用いて、パラメーターサーチをし、回路のモデルを作り、それを使って様々な仮想的な実験を行うことで、こういうふうに回路が動いているから線虫はいきたい方向に向かえてるんじゃないかというのを提案したっていうのが最近の研究です。
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これら線虫の神経活動の動きを理解することによって、将来的に技術が追いついてきた時に線虫の神経活動で明らかになった枠組みを人間の神経活動の理解に適用できると池田さんは語る。
今では線虫が自由に動いてるときの 302 個のニューロンのうちの 200 個ぐらいは同時に神経活動計測することができます。 その神経ネットワークのニューロンの全部の活動の時系列が分かって、かつその時のその線虫の行動や、外界からの入力なども全部わかったとして、その情報を使ってどうやってその線虫の脳が機能してるかを理解していくかというアプローチを行えば、 将来的に、人の 1000 億個のニューロンの活動の時系列が全て得られたときに、そのアプローチって少なからず参考になる部分ってあると思うんですよね。
"意識研究"の難しさ
長年に渡って世界中で意識に関する研究が行われてきたが、ようやく最近になって意識研究が業界で受け入れられてきたという。
しかし、現在も依然として発生している課題が、意識研究というものをどう科学の俎上に載せるかということだと池田さんは語る。
脳っていう側面というよりかは心、学術用語で"意識経験"っていうものが当初から知りたいことなのですが、今取ってるこのメソッドロジーをどうやってその意識研究に繋げていくかっていうのが全体的な課題です。
また、現状池田さんが取り組む研究においては、線虫に意識があるということをどう確かめていくか、というところも課題だという。
線虫の進化的なアプローチで様々な提案があるので線虫の複雑な行動を説明できるが、これには意識があるって言って良いのかということを解いていくていうのが今も取り組む課題です。
人間の意識を解き明かすためには
線虫に対して、限られた行動をするための限られたニューロンに対する研究を行ってきたが、近い目標としてはそれを全てのニューロン、かつあらゆる行動に対してモデルを構築していきたい、と池田さんは今後の展開を語る。
僕が論文として出したものって、ある特定の温度に向かっていくっていう非常に限られた行動をするための限られたニューロン集団についてで、 302 個のうち高々 20 弱のニューロンの話なのですが、それを 302 個に近づけていきたい、そして、最終的には線虫の観測しうるあらゆる行動を再現するようなモデルを構築したいです。
では、この技術が我々人間にとってブレイクスルーを迎えるのはいつなのだろうか?
現状、人間の表層部分に電極を埋め込むと数千ほどのニューロンを読み取ることができるが、それが億単位で読み取れるくらい技術が追いついた時に、この線虫で得たメソッドロジーをうまく応用できるという。
侵襲的な方法だと、いわゆる電極を埋め込んでるわけで、単一ニューロンレベルでのスパイク列が取れつつあるわけですよね。 それが今はその表層部分の数千ぐらいの議論でも、当然今後それが 1 万, 1000 万, 1 億というふうにどんどん増えていくと思うんですけど、それが多分僕の中でのブレイクスルーで、そのタイミングで線虫で行ったメソッドロジーをそのまま人に応用できると思うんですよね。
さいごに
今回は、UCSF にて、線虫を用いて意識の仕組みを解き明かす研究を行う、池田宗樹さんにインタビューをさせていただいた。
線虫は、人間とは形も大きさもかけ離れている生物ではあるものの、その神経系の仕組みは日々研究によって明らかになってきている。
我々の脳内の思考の仕組みを科学的に証明できる日は近いのかもしれない。