我々の脳は常に進化する。特に子供の頃は初めての体験を通して脳が学習し進化を遂げていく。
このように刺激に対して、脳の機能や構造が変化していくことを「神経可塑性(Neuroplasticity)」と呼ぶ。
我々の脳には、思考や感覚、行動のたびにアクセスされる経路が何十億本も走っており、中には伝達速度の早いものがある。それらは習慣、つまり定着した思考、感覚、行動の様式に相当する。しかしながら、普段と違った思考や学習をする場合、新しい経路が切り開かれ、繰り返しその学習を行い続けていると脳はその経路をより頻繁に使うようになる。その結果、その普段と違った思考や行動・学習が新しい習慣となっていくのが、神経可塑性の働き方だ。
イメージ: 神経可塑性
神経可塑性を実現する一つの方法として、脳波の活動をリアルタイムで可視化し、それを訓練することで脳波を変化させ脳機能の自己調整を導く”ニューロフィードバック”という技術がある。
Neurotech を代表する 10 の技術 ~ 前半 ~ でも紹介したが、ニューロフィードバックは ADHD などさまざまな神経症状の治療に加え、集中力を向上させ仕事の生産性を上げる目的などでも用いられることがある。
今回は、ニューロフィードバックの技術を応用した独自のソリューションを展開するスタートアップ 5 つを厳選して紹介する。
1. Myndlift
Myndlift は、脳波デバイスMuseと一緒に使えるニューロフィードバック用のキットやアプリケーションを提供するスタートアップだ。
同社が提供するアプリケーションでは、数種類のゲームを通して脳をトレーニングすることで、集中度を改善したり、リラックス効果を得ることができる。また、彼らが独自で提供するデバイスキットには追加で装着できる電極が含まれており、Muse が持つ電極に加え、それらの電極を好きなポジションに装着することができるので、ニューロフィードバックの精度を高めることができる。
さらに、ユーザーは毎月専門的なコンサルを受けられるオンラインセッションも利用できる。
同社が提供する技術は、ニューロフィードバックを提供する世界数百以上の診療所にて使用されており、そのトレーニングの合計利用回数は30 万回(約 700 万分)を超える。
業界 | ヘルスケア、神経科学 |
本社 | イスラエル テルアビブ |
設立日 | 2014 年 |
従業員数 | 11-50 |
資金調達状況 | シード |
合計調達額 | $2M |
投資家数 | 9 |
2. BrainCo
BrainCoは、 ニューロフィードバックの技術と脳波ヘッドバンドを組み合わせたデバイスで、毎日数分使うだけでストレスを減らすことができるFocusCalmを提供するスタートアップだ。
FocusCalm では、独自のアプリケーションにて、脳を使うシンプルなゲームとガイド付きの瞑想を毎日数分行うことで、マインドセットをコントロールする方法を学ぶことができる。生産性を上げ、やる気を増やす効果があることから、主にスポーツ選手や教育現場にて使われている。
脳波ヘッドセットは$200 で購入可能、アプリケーションは月$10 で利用可能と誰でも気軽に利用可能な FocusCalm だが、Dr. Wasifa Jamal の研究によると、FocusCalm を使ったユーザーのうち21%が仕事場でのウェルビーイングを向上できたという。
また、同社は誰もが脳波を使ってアプリケーションを作成できるよう、SDK 開発キットをも提供する。
業界 | バイオテクノロジー、ヘルスケア |
本社 | 米国マサチューセッツ州サマービル |
設立日 | 2014 年 |
従業員数 | 11-50 |
資金調達状況 | シード |
合計調達額 | $6M |
投資家数 | 5 |
3. Sana Health
Sana Healthは、革新的なオーディオビジュアル技術を使って、精神面に加え身体的な回復の面でも改善を加速させるデバイスを提供するスタートアップだ。
同社が提供するデバイス "Sana Mask"では、オーディオビジュアルな刺激を与えることで、左脳と右脳のバランスを増加させ、深いリラックス状態へと誘導する。
マスクには、心拍数を測れるセンサーに加え、目を閉じていても伝わる低レベルの光刺激を行える装置が内蔵されており、特定のアルゴリズムの光と音をパルス化し個々人の心拍数に応じて刺激を行うことで、神経調節が行われ安心感を得れる仕組みとなっている。
業界 | バイオテクノロジー、ヘルスケア |
本社 | 米国コロラド州ラファイエット |
設立日 | 2015 年 |
従業員数 | 11-50 |
資金調達状況 | シード |
合計調達額 | $18.4M |
投資家数 | 25 |
4. Healium
Healiumは、脳波と心拍数を利用した世界初の仮想現実(VR)と拡張現実(AR)のプラットフォームで、消費者向けのウェアラブル製品を提供するスタートアップだ。
画像: Healium デバイス
Healium AR/VR では、Apple Watch や彼らが提供する独自の脳波デバイスから取得された生体情報を使って、ユーザーの感情のパラメータを VR/AR 上に表示する。上記で説明した Myndlift のようなモバイルアプリケーションと違って、没入感のある VR/AR 上でのアプリケーションを提供することで、ユーザーはストレスや不安を取り除くためのより効果的なセルフマネジメントが可能となる。
画像: Healium AR での画面
レビュー誌の報告によると、Healium はわずか4 分で不安を 3 分の 1 に軽減したという。
業界 | 拡張現実、ヘルスケア |
本社 | 米国ミズーリ州コロンビア |
設立日 | 2015 年 |
従業員数 | 1-10 |
資金調達状況 | 非株式 |
合計調達額 | $1.4M |
投資家数 | 1 |
5. Neuromore
Neuromoreは、デバイスやプラットフォームに依存せずにニューロフィードバックを利用できるソフトウェアツールを提供するスタートアップだ。
同社は、今まで不可能だった、バイオセンサーやハードウェア、ソフトウェアなどを統合する オペレーティングシステムを提供する。
GIF: エディタツールの使用例
同社が提供するエディタツールでは、ドラッグ&ドロップの操作で、リアルタイムのバイオセンサーデータと、同社が提供するアルゴリズムや AI・機械学習メソッドなどを繋げる、パイプラインをカスタマイズすることができる。これにより、最適なフロー循環を作ることで、必要なフィードバック指標を簡単に調整し、デバッグすることができる。
業界 | ソフトウェア、神経科学 |
本社 | 米国フロリダ州マイアミ |
設立日 | 2014 年 |
従業員数 | 11-50 |
資金調達状況 | シード |
合計調達額 | $800K |
投資家数 | N/A |
さいごに
今回はニューロフィードバックの技術を応用した 5 つの企業を紹介した。
精神的サポートをするという目的がニューロフィードバックにおいて一般的なユースケースであるものの、それをどう実現しどのようなインターフェイスでユーザーに提供していくかという点でユニークさが生まれている。
Healium のようにニューロフィードバックを VR 上で応用したり、Neuromore のように SaaS やプラットフォームを提供したりする独創性豊かな企業が今後さらに増えていくだろう。
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