はじめに
ニューロテックの注目スタートアップ5選でも紹介したように、BCI は侵襲型、半侵襲型、非侵襲型の 3 つに大きく分類できる。今回紹介する「侵襲型」の BCI は、手術を通して直接脳にデバイスを埋め込むことで多くのことを可能にする技術だ。
現在NeurotechXで公開されているニューロテック関連企業は 1500 社以上が確認されているが、その中でも侵襲型 BCI を応用している企業は、実はたったの 45 社しか存在していない。
侵襲型 BCI の中では、Neuralinkが会社の規模ならびにその知名度で市場を牽引するものの、彼らよりもずっと前からこの技術を用いて BCI を提供してきた企業は多くある。
今回はその中でも、Neuralink の対抗馬になる程の技術や進歩を遂げるスタートアップをその注目すべき特徴やビジョンと共に紹介していく。
Neuralink
Neuralink の競合他社を説明する前に、まずは Neuralink がこの市場で騒がれているその企業価値背景や技術的背景を紹介していきたい。
同社はシリーズ C で$205M 追加調達したことを最近発表したが、注目すべきはその投資陣だ。VC はVy CapitalをリードとしてGoogle Venturesなど 6 社が参画。そして個人では、 Sam Altman (Chairman of YC Group and CEO of OpenAI)やFred Ehrsam (Co-founder of Paradigm and Coinbase)、Ken Howery(Co-Founder of PayPal and Founders Fund)など、その他にもイーロンマスクと由縁のあるエンジェル投資家が参画した。
大型調達の背景には、Neuralink のビジョンを加速させること、そしてその手段として技術発展や研究開発を加速させるところにある。
同社のビジョンは、四肢麻痺者を助ける BCI を提供すること、そして我々の能力や世界を革新させることであり、同社で Director of Operation として活躍する Shivon Zills によると、健康な人間へのデバイス提供は 2033-36 年を一つの目安として考えているという。
画像: Neuralink アプリ、デバイス、ロボット
Neuralink は、知名度に限らず技術的な部分においてもトップを走っていると言っても過言ではない。
コインほどの大きさのデバイス"Link"を脳に埋め込めば、同社が提供するモバイルアプリ等を通して、念じるだけでスマホを操作することが可能となる。その注目すべき点は、埋め込む手術を自動で行うロボットをも開発したところである。人間の手を使わずロボットを使って自動で手術を行うことで、その正確性と信頼性、効率性が担保され、より多くの人々に Neuralink のデバイスを提供することが可能となる。
業界 | 神経科学 |
本社 | 米国カリフォルニア州フレモント |
設立日 | 2016 年 |
従業員数 | 101-250 |
資金調達状況 | シリーズ C |
合計調達額 | $363M |
投資家数 | 13 |
Paradromics
Paradromics は、 重度の麻痺により話す能力を失った患者のコミュニケーションを回復させるデバイス"Connexus"を提供するスタートアップだ。
画像: Connexus
同社は、今年の 7 月に$20M のシード調達を終え、その技術と成長スピードは、Neuralink の主要な競合相手とも位置づけされている。
この資金調達で、胸部のデバイスに接続された脳埋め込み型のマイクロワイヤーを使用することで、生体電気信号をコンピュータ用のデジタル信号に変換する機能を実装するという。
昨年、同社は羊の大脳皮質に 3 万個以上の電極を埋め込み、史上最大の脳活動実験に成功した。この記録により、音刺激に反応する羊の脳活動を高忠実度で観察することができ、Connexus の有効性を実証できたという。
同社の創業者Matt Angleは今後のビジョンをこう語る。
私たちは、神経科学と医療機器工学の長所を組み合わせて、新しい臨床治療のための信頼性の高いプラットフォームを構築しています。
同社は、今後主要なヘルスケア企業と提携し、脳関連疾患の新しい治療法を開発していくという。
業界 | ニューロテック、ヘルスケア、医療機器 |
本社 | 米国テキサス州オースティン |
設立日 | 2015 年 |
従業員数 | 11-50 |
資金調達状況 | シード |
合計調達額 | $49.4M |
投資家数 | 15 |
Synchron
Synchron は、麻痺障害のある患者に対して、血管内に埋め込む小さなデバイス"Stentrode™"を提供するスタートアップだ。埋め込むには約 2 時間ほどの手術を必要とするが、首の血管からデバイスを入れ、血管内で脳の位置へとデバイスを移動させるので、切開不要で埋め込みが可能だ。
同社も Neuralink, Paradromics と同様に、独自の侵襲型 BCI を使って、念じただけでコンピュータを操作できる体験を提供しているが、商業利用へのスピード感では他企業よりも先をいく。
BCI のような人体に作用する器具を米国で販売するには、FDA に対して機能と安全性を示し認可を得る必要があるが、同社は、今年の 7 月にそのFDAからの許可を得た。これは、商業用で侵襲型 BCI を提供する企業の中では初であり、未だ FDA からの許可を得ていない Neuralink など他競合相手より、一歩早く駒を進めることとなった。
今年の後半には、ニューヨークの病院にて 6 人の被験者に Stentrode™ を提供する臨床実験を行う予定だという。
同社は、オーストラリアにおいて、4 人の患者に対して既に臨床実験を始めており、「脳の運動野から電極を通じてデータを転送し、デジタル機器を制御する」ことができることを確認しているという。
業界 | ニューロテック、医療機器 |
本社 | 米国カリフォルニア州キャンベル |
設立日 | 2016 年 |
従業員数 | 11-50 |
資金調達状況 | シリーズ B |
合計調達額 | $50M |
投資家数 | 13 |
Iota Biosciences
iota biosciences は、ミリメートルサイズの超音波駆動の侵襲型デバイスを提供するスタートアップだ。同社は、UC Berkeley にて電気工学と神経科学の教授を務めるJose Carmenaによって開発・創業された。"Neural dust"と呼ばれる程の小型 BCI デバイスを実現したのは世界初の偉業であり、その機能性は注目を浴びている。
画像: iota biosciences デバイス
何と言ってもその特徴は、大きさと超音波を使った機能性にある。
同社が提供する小型デバイスは、体内どこでも狙った場所に埋め込むことができ、中枢神経のデータを取得したり直接刺激したりすることができる。これにより医者は関節炎や心血管疾患などの疾患をより効果的に治療することができる。
また、データ取得などデバイスとのやり取りは超音波を使って行われる。そのため Neuralink など上記で紹介した企業が提供するデバイスと違い、バッテリーやワイヤーを必要としない。
同社は、2020 年アステラス製薬に 127 億円で買収された。創業者の Jose Carmena らは、協業することで世界で何億人もの人々が罹患している病気の管理や治療に、革新的な新しいアプローチをもたらしていくことができると述べている。
業界 | バイオテクノロジー |
本社 | 米国カリフォルニア州バークレー |
設立日 | 2017 年 |
従業員数 | 11-50 |
資金調達状況 | シリーズ A |
合計調達額 | $15M |
投資家数 | 7 |
参考: Crunchbase Iota biosciences
NeuroPace
NeuroPace は、てんかん症などの神経症状の治療法として侵襲型 BCIを提供するスタートアップだ。同社が提供するデバイスRNS® Systemは、脳波をモニタリングし、患者の固有の"てんかん発作兆候"を認識、症状が起きる前に微量の電気信号を自動で発生させ治療する。
RNS® System は、異常な脳波信号に反応しててんかん症を治療する唯一の FDA 許可済デバイスであり、てんかん症を扱うセンター 31 施設で計 191 人の患者を対象に臨床実験が行われ、その安全性と有効性が実証されている。
同デバイスは、およそ 8 年間にわたって脳内に埋め込んでおくことが可能で、実験データによると 8 年目の時点で発作を平均 73%減少させることができたという。また、30%の患者が直近の 3 ヶ月間で 90%以上の発作減少を達成し、29%が少なくとも 1 回は 6 ヶ月以上の発作のない期間があったという。
業界 | ヘルスケア、医療機器 |
本社 | 米国カリフォルニア州マウンテンビュー |
設立日 | 1997 年 |
従業員数 | 101-250 |
資金調達状況 | Grant |
合計調達額 | $247.3M |
投資家数 | 16 |
さいごに
今回は、侵襲型 BCI の技術を応用したスタートアップを 5 つ紹介した。
非侵襲型 BCIと違い、侵襲型 BCI では神経科学のより深い知識や知見が必要であるため、スタートアップの総数は少ないものの Neuralink を筆頭に複数の企業が潤沢した資金力や画期的な技術力を持って市場を開拓している。
彼らの今後の活躍により、脳にデバイスを埋め込むことで革新的な体験がもたらされる未来がある。その一方、FDA がデバイス販売の規制をしているように、「脳を操作する」という倫理的な部分での懸念が今後益々増えていくだろう。
引き続き侵襲型が医療向けにどのようなサービスを提供しイノベーションを起こしていくのか注目していきたい。