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NeurotechJP banner 注目すべきBCIの大学研究室/施設 5選
コラム
2021/12/15
注目すべきBCIの大学研究室/施設 5選

 

NeurotechJP の記事では分野ごとに活躍するスタートアップを 5 選に絞って紹介してきたが、ほとんどの企業の背景には長年に渡る研究成果がある。以前紹介した BCI Award 2021でも、BCI(Brain Computer Interface)に取り組む多くの大学研究室からのノミネートがあった。

今回は、BCI を研究する大学研究室や研究機関の中でも特に注目すべき研究室/機関を 5 つに絞って紹介していく。

 

1. Chang Lab at UCSF

Chang Labは、University of California San Francisco(UCSF)にある、Edward Chang 率いる研究室だ。同研究室は人間が音声を生成したり知覚する能力を支える基本的なメカニズムの解明に取り組む。室長のEdward Changは、UCSF や UC Berkeley にて神経外科学や認知神経科学の学位を取得後、現在は UCSF の神経外科学の教授ならびに神経外科学部門の議長を務める。

 

同研究室が行う研究は、発話行動の際の神経細胞の動きを捉え解読する研究が多い。人間の発話時の音声運動野の神経活動と舌や唇などの関節運動との関係性を発見した研究や、ノイズ混じりの単語を聞いた時に上側頭回という脳の場所でその単語を予測し補填しているという発見ならびに実際に単語の音声を被験者が認知する前に上側頭回から単語を予測できたという研究など、素晴らしい研究が多くあるが、特に注目すべきなのは、言語障害者が意図した思考をリアルタイムで解読できた研究である。

この研究では、声道を操る脳の領域に電極を埋め込み、ディスプレイに表示された質問に対して被験者に回答を喋るように試みてもらう。その際の神経活動を取得し、信号処理アルゴリズムに加え、発話検出・単語分類・言語モデルなど複数のアルゴリズムを組み合わせることで、リアルタイムで単語と文を翻訳することが可能となった。

 

Chang-lab youtube

動画: 言語障害者が意図した思考をリアルタイムで解読できた研究

このアルゴリズムは、50 個の単語を区別し、1000 個以上の文を作成することができ、1 分間に 15 個の単語を平均74%の精度で解読することができたという。

この研究は、BCI Award 2021にて 2 位を受賞しており、NeurotechJP でも「世界トップレベルの祭典「BCI Award 2021」:Top2 の研究を解説」にて詳しく解説している。

 

また、同研究室は侵襲型 BCI としての未来性から、Facebook 社(現 Meta 社) と共同研究を行ったりもしている

 

同研究室限らず UCSF には著しい研究を行う多くの研究室がある。U.S. News & World Report’s Best Global Universities 2022 rankings によると、UCSF は神経科学分野で世界 2 位の大学であり、全体では 11 位にランク付けされている。

 

2. Neural Systems Lab at University of Washington

Neural Systems Labは、ワシントン大学にある、Rajesh P.N. Rao 率いる研究室だ。同研究室は、計算モデルやシミュレーションを用いて脳への理解を深め、それらの知識を BCI や AI に適用する研究を行う。室長のRajesh P. N. Raoは、ロチェスター大学などでコンピュータサイエンス(CS)の Ph.D やその他学位を取得。その後、2000 年からワシントン大学にて CS の教授を務め、現在は同大学の研究施設Center for Neurotechonlogy(CNT)のディレクターも務める。

また、彼が執筆した本"Brain-Computer Interfacing"は、神経科学・ソフトウェア・ハードウェアの技術に加えビジネスユースケースについても供述していることから、BCI 初学者のための本として界隈では有名である。

Book

本: Brain-Computer Interfacing

同研究室が行う研究は、数学的方法を用いてモデルを作成し脳の理解を深める計算論的神経科学、神経細胞に類似する仕組みを持つ AI モデルの作成、そして今回取り上げる BCI の 3 つの研究セクターに分かれる。

BCI の研究は以下の 4 つのプロジェクトに分類される。

  1. 脳のコプロセッサ : 人工知能を用いて、脳の継続的な神経活動や外部からの感覚信号に応じて、適応的に刺激を与え制御信号を計算するプロジェクト。
  2. 自然環境下での BCI : 深層学習の手法を用いて、自然な環境下での神経活動のデコーディングを改善するプロジェクト。
  3. 痛みと気分のデコーディング : 痛みや気分に関する神経バイオマーカーの特定を行うプロジェクト。
  4. 電気刺激のモデリング : 治療用の電気刺激の効果をモデル化するプロジェクト。

 

同研究室の最新研究では、あらゆる患者に対して学習済みのモデルを適用する転移学習の新しいメソッドを提案した研究や同時に複数のチャンネルで神経活動をデコーディング・エンコーディングし意図した行動を達成する AI モデルの研究などがある。

 

また、上でも紹介した同大学の施設 Center for Neurotechnology も注目すべき功績をあげる。今年 10 月のニュースでは、同施設のメンバー Azadeh Yazdan が脳卒中の治療法で 320 万ドルの助成金を取得した。

 

3. Neural Prosthetics Systems Lab at Stanford

Neural Prosthetics Systems Lab(NPSL)は、スタンフォード大学にある、Krishna Shenoy 率いる研究室だ。同研究室は神経科学、神経工学などの研究を行うことで、脳がどのように動きをコントロールしているのかを理解し、麻痺障害のある人を支援する医療システムを設計する。ディレクターのKrishna Shenoyは MIT で電気工学・コンピュータサイエンスの学位を取得、Caltech で Neurobiology のポスドクをした後、2001 年から Stanford 大学に移り、現在は、電気工学と生物工学・神経生物学の教授を務める。加えて、Neuralink や(2019 年 Facebook に買収された)CTRL-Labs のアドバイザリーも務める。

 

同研究室が行う研究は、電気生理学、視覚生理学、行動学、計算、理論の手法を組み合わせて、動きの準備と生成の神経基盤を研究する神経科学部門、高パフォーマンス・高性能な BCI を設計する神経工学部門、研究の実際社会での実用化を目的とするトランスレーショナル研究部門に分かれる。

トランスレーショナル研究部門では、四肢麻痺患者へのニューラルインターフェイスを目指す組織BrainGate に加わり研究を行う。

 

BCI に関する最新研究では、カルシウムイメージング法を用いて運動野における信号を読み取る光学的 BCI を開発する研究などがある中、特に注目すべき研究は、去年行われた思い描いた手書き文字を侵襲的に解読する研究である。この研究では、被験者に文字を手書きすることをイメージしてもらい、運動野に取り付けたデバイスから神経活動を読み取り文字をデコードすることに成功した。

NPSL 画像: 思い描いた手書き文字を侵襲的に解読する研究

麻痺障害のある被験者実験では、94.1%の精度で毎分 90 文字の入力に成功。これは健常者による一般的なスマートフォン入力(毎分 115 文字の入力速度)に匹敵する。また、この研究はその革新性から、TechCrunch にも取り上げられた

 

Stanford 大学は、研究室限らずWu Tsai Neurosciences Instituteなどの大学機関としても有名である。

U.S. News & World Report’s Best Global Universities 2022 rankings によると、Stanford 大学は神経科学分野で4 位をマークしている。

 

4. Carmena Lab at UC Berkeley

Carmena Labは、University of California Berkeley にある、Jose Carmena率いる研究室だ。同研究室は、神経可塑性、機械学習、ニューロテクノロジーを組み合わせて、脳がいかにして学び、動きをコントロールするのかへの理解を深め、スマート義肢や神経療法などの発展に努めている。室長の Jose Carmena はスペインのバレンシア大学で工学の学位を取得した後、イギリスのエディンバラ大学で人工知能やロボティクスの研究を行い、博士号を取得した。その後アメリカのデューク大学にて、ポスドクとして神経生物学の研究なども行なっている。2005 年からは助教授として UC Berkeley に関わるようになり、2015 年からは同大学の教授に就任している。

 

同研究室は、神経科学、ニューロテクノロジー、神経義肢の三つの軸からなる。

特にニューロテクノロジーの研究では、過去にMichel Maharbizと共同で、ニューラルダストと呼ばれる、超音波を利用することでワイヤレスかつバッテリー要らずの、大きさおよそ 1 ミリ立法ほどの神経センサーを開発したことでも有名である。このデバイスはその小ささゆえ、必要最小限の侵襲で体内に埋め込むことができる。2017 年には、Michel Maharbiz と Jose Carmena が共同で、iota Biosciencesというニューラルダストの商業化のためのスタートアップを立ち上げた (ニュース)。

同社は、「侵襲型 BCI スタートアップ 5 選」の記事にても取り上げている。

Neural dust 画像: ニューラルダスト

この研究室は他にも、被験者がどのように BMI に対応し、BMI の動かし方を学ぶのかについて調べる実験や、神経可塑性を誘発するような neuroprosthetics の研究などを行なっている。

 

UC Berkeley は、BCI (Brain Computer Interface)という言葉の発祥の大学としても有名な UCLA や、上でも紹介した UCSF と同じ、カリフォルニア州立大学の一つである。U.S. News & World Report’s Best Global Universities 2022 rankings によると、総合的に4 位にランクインしている。

 

5. CNTR at Harvard

CNTR(Center for Neurotechnology and Neurorecovery)は神経系の病気や怪我で苦しんでいる人々のケアを改善するために、新しい神経技術を開発、試験、展開する研究施設である。

ハーバード・メディカル・スクール(HMS)マサチューセッツ総合病院(MGH)が母体となっており、神経工学者、神経内科医、神経科学者、作業療法士、理学療法士、言語聴覚士、などの研究者や専門家が集まっている。

ディレクターであるLeigh Hochbergの研究は、麻痺などの神経障害者を支援するための新しい神経技術の開発と試験、および皮質ニューロンのアンサンブル活動の理解に焦点を当てている。Hochberg の研究は、「Nature」や「Journal of Neuroscience」などの一流誌に掲載された実績がある。1990 年にブラウン大学で神経科学の Sc.B.を取得。1999 年にはエモリー大学で医学博士号と博士号を取得し、引き続き内科でインターンを務めた。その後 MGH/HMS では、神経学のレジデントおよびチーフ・レジデントを務め、2004 年には脳卒中/神経クリティカル・ケアのフェローシップも修了した。現在は、CNTR の他、ブラウン大学にてエンジニアリングの教授を務め、HMS にても講師として活躍する。

 

CNTR は CashLab(Cortical Physiology Labolatory)、 NICCに加え、今回特に取り上げたいBrainGateの 3 つのラボをコアのリサーチ領域としている。

 

CashLabは、高度な信号処理と機械学習技術を用いて脳機能を理解し、複雑な神経信号を測定・調節するための新しい方法を開発する研究グループだ。

マサチューセッツ総合病院のNICC(Laboratory for NeuroImaging of Coma and Consciousness)のチームは、重度の外傷性脳損傷を受けた患者がどのように意識を回復するのか、またその回復過程を促進する方法を研究する。

 

BrainGateは、脊髄損傷や脳幹部の脳卒中、ALS 患者などの麻痺症状がある患者へ BCI という新しいコミュニケーション機器を開発する研究グループだ。同グループは世界で初めて BCI を開発したCyberkinetics社の技術を根本に持つ。2004 年 Cyberkinetics 社は脳インプラントデバイスの臨床利用の FDA 認可を受け、後に BrainGate™ というデバイスを開発した。この時の開発に参画していた大学研究施設にはブラウン大学やユタ大学などがあり、これらの大学施設が集まってできた専門家集団が BrainGate である。現在 BrainGate は CNTR のディレクターでもある Hochberg をはじめとした研究者たちによって引率されている。BrainGate は神経疾患の診断と管理を支援するために、神経活動の記録とモニタリングが可能な新世代のワイヤレス医療技術の開発も進めているとのことだ。

BrainGate

画像: BrainGate | 思考だけでタブレットを操作

 

さいごに

今回は、BCI を研究する有名な大学研究室や研究施設を 5 つ紹介した。今回取り上げた研究室/施設は主に侵襲的な方法で BCI の研究を行っているものの、非侵襲的なアプローチで BCI の研究に取り組む研究室も多い。また、Carmena Lab のように研究からスタートアップへのスピンオフが多いのも事実である。

今後とも最新の研究や論文をチェックしていきたい。

ライター

Hayato Waki